母の服が着れるようになりました。今年は7回忌。いい人だと思いだしてもらえる母が誇らしいです。

ダイエットをはじめて母の服が着れるようになりました。

ダイエットをはじめて母の服が着れるようになりました。

母が趣味の農作業の時などに来ていた服です。

先日この服を着て近所のスーパーに行ったところ、スーパーのレジの方が

「お母さんが着ていた服だよね。いい人だったよね」

と声をかけてくださいました。

今年は7回忌。いい人だと思いだしてもらえる母が誇らしいです。

ネイティブアメリカンの教えを体現したような母でした。

私が好きな言葉に、ネイティブアメリカンの教えがあります。

「あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。
だからあなたが死ぬとき、あなたが笑って周りの人が泣くような人生を送りなさい。」

という言葉です。

母のことを知る方が声をかけてくださるたびにこの言葉を思い出します。

母の葬儀で遺族代表挨拶をさせていただいたですが、この際もこの言葉を紹介させていただきました。

これからも涙が出そうになるスイッチにおびえながらも、母との思い出を大事にして頑張っていきたいと思います。

こういう内容です。

遺族を代表いたしまして、ひとこと挨拶申し上げます。
本日は皆様、ご多用中にも関わらず、ご会葬をいただき、誠にありがとうございます。
母の発病以来、あらん限りの治療に取り組んできましたが、七月十八日、67歳をもって逝去いたしました。

明るい性格の母は、まさに我が家の象徴、明るい太陽でした。
昔から母に似ていると言われていて、いつも照れ臭かったのですが、
「田口君は、何でも楽しそうに熱心に作業するね」
など声をかけてくださることも増えてきて、外見だけでなく中身も、何でも全力投球で取り組んできた母に似てきたのなら、こんなに嬉しいことはないと思います。

家族のことを誰よりも応援してくれたのも母でした。
これから、父も乗船していた薩摩星雲丸での甥っ子の乗船実習、妹の看護学校の卒業、姪っ子の高校進学と、母の応援が実を結ぶ明るい出来事が続く中、その喜び を分かち合う日々の中に、母がいないというのは本当にさびしいですが、母との思い出や、母がかけてくれた言葉など大切にしながら、家族仲よく過ごしていきたいと思います。

私が座右の銘にしているネイティブアメリカンの教えにこんな言葉があります。
「あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。
だからあなたが死ぬとき、あなたが笑って周りの人が泣くような人生を送りなさい。」
昨夜から多くの方が母に会いに来てくださいました。
その様子を拝見し、まさにこの言葉通りの人生を母は送れたのではないかと思います。

あらためて母の生前中、皆様方には大変お世話になり、心から厚くお礼申し上げます。
皆さん母に親切にしていただき、本当にありがとうございました。
残る遺族一同にも故人同様のご厚情を賜りますよう、お願い申し上げます。
誠に措辞ではありますが、お礼のご挨拶といたします。
本日のご会葬誠にありがとうございました。

ネイティブアメリカンの教えを体現したような母でした。

いい人だと言ってもらえる母が、照れ臭いですが誇らしいです。

どういう人として知ってもらうか

サイト制作を仕事にしていますが、サイトの本質は自己紹介を楽にするものとしての運用だと考えています。

どういう人として知ってもらうか、どういう商品やサービスとして知ってもらうかで、自分の活動を楽にしたり、売り上げが発生したりするのだと思います。

今年は仕事はもちろんですが、地域活動や趣味活動にも、きちんと時間やお金を割いていけばと思っています。

母を見習って、私も何かあったときに、頼れる人、いい人として思い出してもらえるようなそういう活動をしていければと思います。